名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)3003号 判決 1978年4月28日
原告 王子商事株式会社
右代表者代表取締役 鶴田清
右訴訟代理人弁護士 堀部進
同 松永辰男
被告 株式会社名古屋相互銀行
右代表者代表取締役 加藤廣治
右訴訟代理人弁護士 若山資雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
(原告)
1、被告は原告に対し、金一〇〇〇万円およびこれに対する昭和四五年一一月一二日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
2、訴訟費用は被告の負担とする。
3、仮執行宣言。
(被告)
主文同旨。
第二、当事者の主張
(原告)
1、被告覚王山支店を支払場所とし、原告振出にかかる別紙目録記載の約束手形(以下本件手形という。)は、昭和四五年八月一七日、訴外大橋三尾から取立委任を受けた訴外静岡銀行から、名古屋手形交換所における手形交換の方法により支払のため呈示された。
2、ところが本件手形は、もと原告が分離前被告甲野(以下甲野という。)からの借受金の担保として、支払期日を白地にして振出し、同人に交付してあったものであるが、その後、原告は、右借受金を弁済し右手形の返還を受け、訴外寺野に預けておいたところ、甲野は右寺野方よりこれを窃取し、情を知った前記大橋に交付して取立させたもので原告は右手形金を支払う義務がないものである。
3、そこで原告は、昭和四五年八月一七日、被告覚王山支店に対し、本件手形面上の原告会社の印影が被告に対する当座取引届出印と相違していることならびに右手形が甲野により詐取(但し法律的には窃取である)されたものであることを理由とする不渡異議申立を手形交換所に対してなすことを委託し、異議申立提供金として使用するため金五〇〇万円を預託し、同日被告覚王山支店は右異議申立手続をなすことを確約し、右預託金を受領した。
4、しかるに被告覚王山支店のなした不渡異議申立手続は、以下に述べるように準委任契約上の債務の本旨に従ってなされなかったため、名古屋手形交換所によって受理を拒否され、不渡異議申立は実効をおさめずに終った。
(一) 原告は、不渡異議申立手続を被告覚王山支店に委託するにあたり、同支店の指導を受けて、昭和四五年八月一七日付の詐取を理由とする異議申立の理由書(乙第二号証)を同支店に提出し、被告は右理由書を添付して異議申立書を手形交換所に提出して異議申立手続をなした。しかるに、同支店は、本件手形に貼付すべき付箋に不渡事由を契約不履行と記載して右手形を不渡返還したため、手形交換所は、異議申立の理由書の内容(詐取)と不渡手形に貼付された付箋の不渡事由(契約不履行)とが異なることを理由として、異議申立の受理を拒否した。
ところで不渡異議申立については、異議申立書および理由書の支払拒絶事由と不渡手形の付箋の不渡事由とが形式上一致していれば、手形交換所により容易に受理されるが、これが一致しないと受理されない慣行となっているものであり、およそ銀行員としては右程度の知識は有しているべきで、右のように一致させて手続をなすべき注意義務があるのに拘らず、これを怠たり、右慣行を無視して異議申立の理由書の内容と不渡手形の付箋の不渡事由とに異なる事由を付して手続をなしたため、異議申立手続は実効をおさめえなかった。よって被告には準委任契約上の債務不履行がある。
(二) 仮に、当初、異議申立書に添付した理由書が、前記乙第二号証ではなく、契約不履行で結語してある乙第一号証であったとして、被告主張のように、手形交換所の指示により乙第二号証の理由書に差しかえをしたものとしても、以下に述べるとおり、被告には、準委任契約上の債務不履行がある。
(イ) 最初に原告から提出された乙第一号証の理由書を一読すれば、通常人ならば右理由書の内容が詐取を意味するものであることを理解できるはずであり、契約不履行という文言で結語してあるということ自体極めて不自然である。従ってこの段階で、被告の従業員としては、もう一度原告会社に記載事実の正確性につき確認し、正しい事実を把握して、それにそった正しい文書を作成すべく指導ならびに助言し、正しいものに整備して受任事務を遂行すべき義務があるのに、これを怠った。
(ロ) 次に差しかえられた理由書たる乙第二号証は、詐取を理由とするものである(内容も結語も)が、そうすると、これと既に手形に貼付された付箋の不渡事由たる契約不履行とが一致しなくなり、付箋と異議申立書および理由書との同一の原則に反することとなり、従って右の付箋を「詐取」を不渡事由とする付箋に取りかえることが必要となる。しかも手形交換所により理由書の差しかえを指示されたのが遅くとも昭和四五年八月一九日の午前一〇時ころであり、同日午後三時までに付箋取りかえにつき持出銀行の了解を得ることが必要であったのであるから、被告としては、静岡銀行と速やかに打合わせて取りかえにつき了解を得たうえ詐取を理由とする異議申立手続をなすことにより受任事務を完了させる義務があるのに拘らず、これを怠ったものである。
(ハ) 更に金融機関の従業員は、手形交換制度および手形交換に関する実務上の処理方法に精通して、事務を処理すべき注意義務があるから、手形交換所において不備を指摘されるような理由書を、そのまま交換所に提出すること自体が右注意義務に違反し、準委任契約上の債務不履行となる。
5、右の債務不履行により、原告は次の損害を被った。
(一) 本件手形金五〇〇万円
原告は、手形交換所において異議申立が結局受理されなかったため、不渡処分を免れるために、やむなく昭和四五年八月一九日右手形金五〇〇万円を持出銀行たる静岡銀行に支払い、同額の損害を被った。
(二) 異議申立が受理されなかったために、手形交換所から同年八月一九日付で原告につき不渡手形警戒通知が各金融機関に出され、これにより金融業を営む原告としては著しく信用を毀損され、その損害は金五〇〇万円に相当する。
6、よって原告は被告に対し、債務不履行による損害賠償として、金一〇〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年一一月一二日から支払ずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
《以下事実省略》
理由
一、原告主張の1の事実ならびに原告が昭和四五年八月一七日、被告覚王山支店に対し、本件手形につき不渡異議申立を手形交換所に対してなすことを委託し、異議申立提供金として使用するため、金五〇〇万円を預託し、同日被告覚王山支店は右異議申立手続をなすことを約し、右預託金を受領したことは、当事者間に争いがない。
二、そこで本件事案の経過について検討するに、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
昭和四五年八月一六日、大橋三尾から、支払期日を同月一五日とする本件手形を静岡銀行可美支店に取立の依頼をしたので支払ってほしい旨の同月一五日付葉書が原告会社へ送付されてきたので、原告会社代表者は、同月一七日(月曜日)朝、被告覚王山支店を訪れ、同支店次長小野敏夫に対し、被告覚王山支店を支払場所とする本件手形につき不渡異議申立手続をしてほしい旨依頼した。当時は未だ本件手形が同支店に回ってきていなかったが、その後間もなく同日の手形交換に付された右手形が到着したが、被告と原告との銀行取引は、以前には存したけれども、既に解約され、当時は存在しなかったため、小野は、当初、原告の依頼に応ずることはできず、本件手形を、当座取引がない旨の理由で持出銀行へ不渡返還するほかないとの意向を示していたが、原告代表者は、右小野や同支店の支店長佐野始に対し、右のように処理されれば取引停止処分になって原告の信用を失墜するので、そのようにならないようにしてほしいなどとなおも重ね重ね前記異議申立の手続をなすよう求めたので、佐野らは、遂に右申出を承諾し、同月一五日の締後扱いで原告が被告覚王山支店に対し、金三〇万円を預金して当座取引を開設した体裁をとり、契約不履行を支払拒絶事由として手形交換所に対し異議申立をなすこととした。そして被告覚王山支店では、契約不履行を不渡事由とする付箋を本件手形に貼付し、原告代表者に対し、異議申立書に添付すべき理由書を作成するよう指示するとともにひな型を示してその書式を教示し、原告代表者から契約不履行で結語してある理由書(乙第一号証)と異議申立提供金預託金として金五〇〇万円を受領し、本件手形については、被告本部を通じて、八月一八日午前一〇時の手形交換により静岡銀行へ不渡返還し、被告覚王山支店作成の異議申立書(乙第六号証)と原告作成の理由書(乙第一号証)および異議申立提供金は、同月一九日午前一〇時までに、被告本部を通じて手形交換所へ届けた。
ところが同日午前中、手形交換所の交換部次長鷲尾進から、電話で、乙第一号証の理由書は、契約不履行と結語してあるがその内容は詐取とみられるから、詐取を理由とする理由書と差しかえるよう指示があった(従ってそのままでは異議申立を受理しない趣旨であると解される)ため、被告覚王山支店では、原告会社代表者に連絡して詐取を理由とする理由書(乙第二号証)を作成させ、詐取を支払拒絶事由とする異議申立書(乙第七号証)を作成し、同支店の後藤光夫が同日正午少し前ころ、右異議申立書および理由書をもって手形交換所に赴き、右書類を提出した。しかし手形交換所の鷲尾から、手形の付箋を詐取を不渡事由とするものに取りかえねばならず、そのために持出銀行たる静岡銀行の了解を得るよう指示された。後藤は、既に手形交換所に赴く前に、静岡銀行名古屋支店に電話し同支店の担当の支店長代理に、付箋の詐取を不渡事由とするものへの取りかえにつき了解を求めたところ、上司に相談して返事をするとのことであったので、その旨小野次長に報告して手形交換所へ赴いたものであったので、鷲尾から前記のように指示されるや直ちに被告名古屋支店の小野に電話し、付箋取りかえについての静岡銀行の了解を得るよう連絡し、手形交換所で待機していた(そして再三被告名古屋支店に電話で早く了解をとるよう催促していた)。他方被告名古屋支店の小野敏夫らにおいても、後藤からの連絡を受けて後、静岡銀行名古屋支店に対し付箋取りかえにつき了解を求めるべく真けんに努力していたが同銀行同支店や可美支店は本件手形が既に同銀行可美支店へ輸送中であることなどのために容易に了解せず、後には付箋を契約不履行から詐取に取りかえることによって何らかの損害が発生した場合には、被告において一切の責任を負い、静岡銀行は責任を免れる旨の書面の提出を求めたりし、その交渉が長びき異議申立の期限である一九日午後三時までにその了解が得られず、同日午後三時三〇分ころ了解した旨の連絡が静岡銀行から手形交換所に対してなされたが、既に期限切れで、結局被告のなした異議申立は、手形交換所によって受理されず、実効をおさめ得なかった。
三、そこで被告の債務不履行責任の有無について、原告の主張に従い、検討することとする。
(1) 原告主張4(一)については、右二に認定した事実と異なる事実を前提とするものであって、採用しがたい。
(2) 原告主張4(二)(イ)および(ハ)について考える。
ところで《証拠省略》によると、異議申立は、手形の不渡返還をした銀行(すなわち支払銀行)が不渡事由を信用に関しないものと認め、一定の時期までに、不渡手形金額に相当する現金を手形交換所へ提供して取引停止処分の猶予を求めるためになす手続であることが明らかであり《証拠省略》によれば、詐取や盗難の場合も、契約不履行の場合もいずれも信用に関せざるものとして異議申立手続をなすことができるものであることは明らかである。また理由書は、当時手形交換所において、不渡の事由が信用に関しないものであることなど異議申立理由の詳細を明らかにするために、支払義務者本人により記載させたものを、支払銀行から提出させる扱いをしていたものであることは、前掲乙第一、二号証と鷲尾証言(第二回)により認められる。ところで右乙第一号証の理由書によると、その内容は、詐取などと結語した方がぴったりし、契約不履行という語で結ぶのは必ずしも相当でない理由が記載されていることが明らかであるけれども、結語として契約不履行なる記載があり、しかも右理由書により異議申立の理由殊に不渡返還の事由が信用に関しないものであることは明らかにされており、記載の意味がさほど不明確とも思われず、しかも詐取も契約不履行もいずれも信用に関せざるものであって異議申立の理由となしうることは前記のとおりであるから、手形交換所としては右理由書により異議申立を受理するのが相当と思われる。従って、被告覚王山支店において乙第一号証の理由書によっても、異議申立が受理されるものと考えて手続を進めた(この事実は佐野証言<第二回>により認められる。)ことをもって、被告の異議申立手続の事務の遂行につき過失があるものとはなしがたい。(本件において手形交換所がなしたように、理由書の書きかえを指示したことは、異議申立の期限が切迫しており、理由書の書きかえにともない付箋の取りかえが必要となり、そのために持出銀行の承認が必要となることを考えると、不当な措置というべきである)。また原告主張のように、乙第一号証を原告から受領した段階で、被告において事実の正否を確認する等の注意義務があるものとは必ずしも考えられず、従って被告が右のような措置をとらなかったことをもって過失があるということはできない。更に原告の主張する、手形交換所により不備を指摘されるような理由書を、そのまま交換所に提出したとの点について考えてみても、右の説示から明らかなように、手形交換所が乙第一号証につき、不備を指摘し異議申立を受理しなかった措置が不当であって、右の理由書の提出をもって、被告に過失ありとは必ずしもいいがたい。
(3) 原告主張4(二)(ロ)について考えるに、前記認定の事実によると、被告としては、手形交換所から理由書等の書きかえを指示されそのため付箋の取りかえの必要が生じたのち、付箋の取りかえにつき、静岡銀行の了解を得るべく、八月一九日午前中手形交換所に赴く前に後藤光夫において了解を求める旨の電話をし、その後も小野敏夫らにおいて再三静岡銀行に対し了解を求めるための交渉を真けんにしていたが、遂に時間切れで期限までに同銀行の了解を得ることができなかったものであることが明らかであるから、右了解を得られなかった点について、被告に過失はないものというべきである。
(4) 結局前記認定の事実によると、被告としては、準委任契約上の債務の本旨に従って履行をなしたものであり、異議申立が実効をおさめえなかったのは、手形交換所が被告のなした異議申立を受理せず、理由書につき詐取を理由とするものに書きかえを指示した不当な措置に起因し、被告がやむなく右指示に従って原告に対し理由書の書きかえをなさしめて、これを提出したため、これにともなって必要となる手形付箋の取りかえ措置が異議申立の期限に間に合わなくなったことによるものであることが明らかである。
四、してみると被告には債務不履行は存せず、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡崎彰夫)
<以下省略>